柔道と共に
髙橋一之
令和6年3月、岡山県柔道連盟役員総会において会長に推挙されました。これまで県柔連理事長として前会長を補佐してきた経験を生かし、微力ながら全力で職務に取り組んでいく所存です。今井國男前会長には、コロナ禍の大変な状況下で行った連盟の諸行事や地区大会等において、選手、役員の健康面をご配慮いただき、頭の下がる思いでした。時には、大会中止を決断しなければならなかった苦しい中でも、ぶれることなくご指導いただいたことに感謝を申し上げます。
柔道との出会いと歩み
私は、県南部の大農業地帯である興除新田地区に生まれました。ここは、江戸時代後期から行われた大干拓地帯で、周りは一面田畑が広がっていました。柔道は、中学校入学と同時に正課授業で習い始めました。当時としては身体も大きい方でしたので、大外刈や大腰を習い、相手を投げることが出来た時は、本当に楽しかったと記憶しています。その様な時に、柔道部の顧問から誘いがあって入部することになりました。中学2年で初段に合格し、本当に嬉しくて柔道衣と黒帯を抱いて寝たことを覚えています。中学3年の県大会個人戦重量級で優勝したことが契機となり、天理高校の加藤秀雄先生のお導きもあって、もう一歩上を目指して頑張ろうと思い進学を決めました。親元を離れての厳しい寮生活や毎日の練習の日々は大変でした。立っていられないくらい投げられ、寝技では抑えられ、絞められることの連続で、苦しかったことを思い出します。それでも月に1回あった栄養会(焼肉会)は、しっかり食べて一息つけた楽しい時間でした。1年生の終わり頃、立技(内股)を松本薫先生から指導していただきましたが、中々ものになりませんでした。2年生の初め頃、加藤先生から寝技の稽古を、立技の稽古の時から行うと言われ、卒業するまで寝技組の稽古が続けられました。加藤先生は、いつも我々と一緒に稽古、研究をされました。寝技中心の稽古が1年を過ぎた頃、どうにか試合にも出られる様になり、インターハイ、国体と出場しましたが優勝は出来ませんでした。大学は、緒先生方の助言もあり、体育教師を目指すべく天理大学体育学部武道コースに進学しました。大学2年生の時、モントリオールオリンピックの選手強化合宿が天理大学で行われ、上村春樹先生、遠藤純男先生、二宮和弘先生の素晴らしい柔道を目の当たりにし、大変感動したことを思い出します。大学の道場では、常に韓国、フランス、ドイツの強化選手が来日し、共に練習をして外国人選手の特徴である手足の長さや、怪力を利用した投技を体験しました。時には、世界選手権で4連覇した藤猪省太先生も来られ、乱取や打込の相手をさせていただきましたが、スピードと独特な体捌きは素晴らしいものでした。また、北海道の髙橋政男先輩からは、寝技の稽古をしていただきましたが、ついに抑えることは出来ませんでした。橋本親先生からは形の指導を受け、夏休みの1週間、「柔の形」を特別にご指導いただき、特に基本の大切さ、指導者としての心構えを教えられました。
指導者として
昭和54年、藤田家將先生のお誘いで、三木学園白陵中学・高等学校に就職することとなりました。指導者として右も左も分からないまま、指導をした1年目の3年生部員が、県総体で2位という結果を残しました。全員中学から柔道を始めた者ばかりでしたが、その当時、藤田先生の姿勢、体捌き、手捌きといった基本動作の徹底した指導は、指導者としての私のベースになっているところです。結婚を期に、姉妹校である岡山白陵中学・高等学校へ勤務を命じられ今に至っています。岡山では、学校の勤務と県柔連の仕事をこなしました。学校の部活動では、昭和61年全国中学校大会(団体)や全国高校総体(個人)、平成9年全国高校選手権大会(団体、個人)に出場し、平成16年中国地区高校大会(団体)では3位に入賞出来ました。基本を大切に約1時間30分程度の稽古を、約30人の子どもたちと毎日道場で頑張っています。時として生徒の底力には驚かされますが、その根底に生徒、保護者、先生方との信頼関係があることは言うまでもありません。連盟の活動では、昭和60年から25年間続いた、都道府県対抗全日本女子柔道団体優勝大会に役員、審判員として参加したこと、昭和59年の日豪親善柔道使節団にコーチとして参加したこと、昭和45年から県社会人柔道大会の選手、役員として参加したことは、今でも心に残っています。内野幸重先生のご指導で全日本形競技大会に出場すべく、「固の形」や「講道館護身術」の稽古が出来たことは大変意義あることでした。
むすびに
県内の柔道人口の減少は顕著ですが、小学生と中学生、高校生と大学・一般というようなくくりでの強化活動や、指導者同士の交流を図り、選手も指導者も活発な活動が出来る場を作り、少しでも柔道の活動に触れられる環境作りを行いたいと考えています。また、コロナ禍で失われた柔道の持つ教育的価値の再構築に向けて、諸行事の開・閉会式等を厳粛に取り行ったり、少年柔道の正しい発展を促すべく指導方法や錬成大会での試合方法等を再検討したり、先生方の意見を聞きながら行いたいと思います。いずれも柔道人口の増加につながる特効薬ではありませんが、粘り強く指導することで少しでも多くの人が柔道を志してほしいと思います。
最後になりますが、本県で開催される令和7年全国高校総体、令和8年全国中学校大会の成功に向けて、県柔連としても最大の努力を惜しまない所存です。
(岡山県柔道連盟会長)








