嘉納師範に感謝し、講道館と共に歩む柔道整復師
長尾淳彦
「柔道整復師」が行う「柔道整復術」が1920(大正9)年に国から公認されて現在100余年が経ちます。
「柔道整復師」「Judo therapist(英表記)」のように「柔道」という特定のスポーツ名称が冠に付いている医療系国家資格は世界に先例がなく、サッカーの盛んな南米のブラジルに「Soccer therapist」、ラグビー発祥の地であるイングランドに「Rugby therapist」はありません。この類稀な「柔道整復師」という名称は「講道館柔道」と深い関係があります。
明治時代の制度改革によって、日本の医療は西洋医療に一本化するという国の強い方針が示され、日本の伝統医療であった「接骨術」のほねつぎ、接骨師は存続の危機に陥ります。当時は柔術家がほねつぎ、接骨師として道場と施術所を併設して生計を立てていた時代でした。
嘉納治五郎師範が講道館を創設されたのが1882(明治15)年であり、「柔術」を「柔道」として世界に普及されました。
1913(大正2)年、柔術家・柔道家たちによる接骨業公認運動が盛んになり「柔道接骨術公認期成会」が結成されました。前述のように、当時の町道場を開設していた柔術家・柔道家の大半は、ケガの治療を行う施術所を併設しており、接骨治療の取締りは柔術家・柔道家の死活問題でした。そこで「柔道接骨術公認期成会」は、嘉納治五郎師範と面談し、政府への嘆願書の書き初めに「講道館長嘉納治五郎師範の賛助を得て、柔道と接骨術の関係を密にして」と記しています。この「柔道接骨術公認ノ件」という請願書の代表が、士族講道館柔道指南役であった山下義韶氏でした。山下義韶氏は講道館十段を初めて授与された嘉納師範の高弟として、その名は米国や欧州をはじめ世界に知れ渡っていました。この当時、講道館の累計入門者は2万3千人で、講道館は国内外で社会的地位が確立されていました。こうした嘉納師範、講道館との関係からみて「柔道整復師」の名称が「柔術」ではなく「柔道」となったのではないかと推測できます。
1911(明治44)年に発せられた「按摩術営業取締規則」に「柔道ノ教授ヲ為ス者ニ於イテ打撲、捻挫、脱臼及骨折ニ対シテ行フ柔道整復術ニ之ヲ準用ス」との一項が加えられ、1920(大正9)年に公認となります。
このような当時の社会的情勢や背景、そして嘉納治五郎師範の後ろ盾を得て、「柔術」を「柔道」に、「接骨術」から「整復術」を採用し、「柔道整復師」「柔道整復術」となったのが分かります。
1970(昭和45)年、「あん摩マッサージ師、指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師等に関する法律」から独立して「柔道整復師法」が単独法として制定されました。その後、1990(平成2)年から都道府県知事免許であったものが、厚生労働大臣免許となり、柔道整復師は国家資格となりました。現在、令和4年厚生労働省衛生行政報告書によると、就業柔道整復師は78827人で、柔道整復施術所は50919ヵ所です。柔道整復施術所とは「接骨院」や「整骨院」のことであり、就業柔道整復師とはそこで業を営む者、従事している者です。
医療保険も療養費ではありますが適用されます。医療保険(療養費)は、骨、筋肉、靭帯、関節などの運動器に外傷性が明らかな骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷が起こった時に使えます。柔道整復師は「外科手術」「注射」「投薬」は出来ませんが、非観血(保存)的療法である整復、固定、後療、電療、罨法などを行い治癒に導きます。また、柔道整復師という受験資格をベースに介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格も取得出来ます。通所介護事業所等において機能訓練指導員としても従事出来ます。スポーツの現場においては、アスレティックトレーナーとしてアスリートをケアします。柔道では国際試合をはじめ「大会救護班」の一員として選手のコンディションをケアします。
柔道整復師になるためには国家試験に合格しなければなりません。その受験資格は、文部科学省や厚生労働省から認定された柔道整復師養成施設で専門学校(3年制以上)、大学(4年制)で所定の科目を履修すると得られます。現在、大学が15校、専門学校が93校あります。
「柔道整復師養成施設指導要領」には「柔道場」の設置が義務付けられて、教育目標の中で「柔道により柔道整復の源を学ぶと共に健全な身体の育成及び礼節をわきまえた人格を形成する」とあります。この精神を忘れてはいけません。
昭和62年6月14日、社団法人日本柔道整復師会と社団法人全国柔道整復学校協会によって「柔道整復師倫理綱領」が制定されました。
1.柔道整復師の職務に誇りと責任をもち、仁慈の心を以って人類への奉仕に生涯を貫く
*そのためには、柔道整復師の業務が何であるかを知らなければならない。国家資格であることに誇りを持ち自身の知識と技術を高め医療人として行いに責任を持つ。思い遣りの気持ちで患者に接し生涯自分を高めることに努める。
2.日本古来の柔道精神を涵養し、国民の規範となるべく人格の陶冶に努める
*柔道整復師の冠である柔道の精神を理解し、国民の模範となるようにルールを守り人格を高める。
3.相互に尊敬と協力に努め、分をわきまえ法を守り、業務を遂行する
*関わる全ての人々と協力し敬う。自身の立場をわきまえ法令遵守のもと柔道整復を行う。
4.学問を尊重し技術の向上に努めると共に、患者に対して常に真摯な態度と誠意を以て接する
*学術の研鑽に努め、患者に対し真面目で誠実な態度で接する。
5.業務上知りえた秘密を厳守すると共に、人種、信条、性別、社会的地位などにかかわらず患者の回復に全力を尽くす
*守秘義務を守り区別、差別せず、患者の痛みや悩みの除去に全力を注ぐ。
柔道整復師は常に「柔道」と共にあり、講道館、嘉納治五郎師範への感謝を忘れることなく未来永劫、国民の健康に寄与していくことをお誓いして擱筆します。
(公益社団法人日本柔道整復師会 会長)








