感謝・初心・謙虚
~地方連盟の活性化に向けて~
津金武寿
令和6年3月、長野県柔道連盟役員総会において会長に選出されました。高校柔道という限られた範囲ですが、「生徒たちがこの学校で学んだこと、過ごしたことを誇りに思って巣立って欲しい」ということを心から願い、教育に邁進して参りました。現場の経験を活かし、先達が築いてくださった本県柔道の良き伝統を受け継ぎ、後進に正しく継承できるよう、労力を惜しまぬ覚悟でございます。
現在、柔道人口の減少が問題視されており、本県も同様の傾向ですが、昨年度は本県連盟の皆様方が一丸となり、また多くの方々のご協力を得て、全国中学校柔道大会(佐久市)を成功裏に終了することができました。令和10年には本県で国民スポーツ大会の開催が控えており、柔道普及の種を播きながら、同時に大きな事業を一つ一つ実行していかなければならない状況です。
このような大きな課題は、私一人の力では到底なし得ることができません。会長として何ができるか、試行錯誤を続けております。会長就任後に行われた大会では、まず係員の皆様に感謝を直接伝えることから始めました。ご承知の通り、大会は大勢のボランティアの方々の力で運営されています。もちろん担当の先生方からボランティアの方々へ感謝の言葉を伝えてはいますが、組織のトップが壁を作らず、現場の苦労を理解し、感謝の言葉を伝えることも関係作りに重要かと思います。『柔道』令和6年9月号の「全日本少年少女武道錬成大会(柔道)」記事には、大会実行委員長が係員の高校生たちに直接お礼の言葉を掛けていた様子が記されていました。私以外にも同じお考えの方がいらっしゃることを知り、思わず嬉しくなりました。
柔道人口減少の今だからこそできること、やらなければいけないことがあると考えます。まずは既存の事業を継続する上でご尽力いただいている全ての人々との絆を大切にし、やりがいをもって取り組んでいただけるよう、心からの感謝を伝え、足元を固めていきたいと思います。そして新規事業の立案に際しては、皆様の声に謙虚に耳を傾け、誠実な議論を経て決定し、理想の実現に向けて一丸となって実行していける組織作りに努めたいと思います。
こうした考えに至った背景には、私が柔道を通して出会った人々、学んだことが深く関わっております。私は長野県松本市に生まれ、大学は国士舘大学に進学しました。全国から強い選手が集まる環境の中、レギュラーを目指しましたが果せず、小山泰文監督の下で主務を務めました。大学卒業後、1983(昭和58)年から地元の松本第一高校の教員になり、柔道部の顧問を務めました。その際は小山監督の下で学んだ練習計画の立て方、オーダーの組み方などが大きく役立ちました。また、柔道を通して母校はもちろん、所属や学校、年齢を超えてたくさんの友人を作ることができたことも、その後の人生を豊かにしてくれました。
松本第一に赴任した当時は、学校が荒れていた時代で、生徒たちも自分や学校に誇りが持てない様子でした。その様子は、私が選手時代に全国大会出場という夢を叶えることができなかった時の心境と重なり、「何とか生徒たちに自信と誇りを持たせたい」と一念発起しました。柔道の技術は広く深く、どれだけ学んでもまだ知らないことが多い世界だと思います。部員には正しい情報をより多く伝えられるように「おれは名人じゃない。知らない技もある」とはっきり伝えました。それは、私自身がまず謙虚になることが、彼らの試合や人生に良い影響を与えることができると考えたからです。いろいろな先生に話を聞いて技を学んだり、柔道専門誌の技術紹介のページをコピーして道場に掲示したり、技術解説ビデオを上映したりと、伝える努力をしました。また自宅を寮に改装し、妻には教員を辞めて寮母に専念してもらい、100人以上の生徒たちが我が家で過ごしました。部員たちは発奮し、本県の全国大会最多出場記録を樹立するなど、活躍してくれました。
現在、本県の競技力は高く、塩尻市出身の出口クリスタ選手のパリオリンピック女子57㎏金メダル、堀川恵選手が2022年世界柔道選手権女子63㎏級優勝、そして佐久長聖中学校高等学校、松商学園高校等、特に女子は全国トップレベルです。今後は少年から高校までの一貫した指導体制の整備など、選手層を厚くすることで安定させていけたらと考えております。その一方で、新たに柔道を始めたいという人々の発掘、またガバナンス強化や安全指導の徹底などにより、柔道を継続したいと思える環境作りを進めていくことにも努めて参りたいと思います。そして稽古や試合で本県にお越しになられた方々も含めて、皆様に「長野県に来て柔道をしてよかった」と心から喜んでいただけるよう、頑張って参りたいと思いますので、今後もご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。
(長野県柔道連盟会長)








