令和八年 年頭所感

講道館長 上村 春樹

令和8年を迎え、謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。

 柔道は心身の力を最も有効に使用する道である
 柔道の修行は攻撃防禦の練習に由って身體精神を鍛錬修養し
 斯道の神髄を體得することである
 さうして是に由って己を完成し世を補益するが
 柔道修行の究竟の目的である※
※『遺訓』では2文目は「その修行は」で始められる。

 大正4年1月から月刊『柔道』の刊行が始まり、創刊号から「柔道本義」と題する解説が連載されました。その2回目では「柔道とは何ぞや」の主題で、嘉納師範は柔道の本義と修行の目的を前記のように著わされ、これが後に「嘉納治五郎師範遺訓」と呼ばれるようになりました。
 今日、柔道の修行に取り組まれている方々のほとんどは、競技としての柔道から入ってこられたことと思います。私も幼少期に柔道に触れる機会を得てから、競技に重きを置いて長く修行に取り組んでいました。昨日の自分よりも今日の自分を、そして今日の自分よりも明日の自分を高めようとがむしゃらに稽古に取り組み、全日本柔道選手権大会や、オリンピック、世界柔道選手権等の大会で勝ち切ることを目指しました。競技者に区切りをつけて指導者となってからも、技術の追求と共にいかにして勝つかにこだわり続けましたが、58歳で講道館長に就任してからは、柔道とは何だろうと振り返るようになりました。
 先ず、「柔」とはということを考えてみたいと思います。『起倒流伝書註釈』に、「和は求めてやわらかく、柔は自然にやわらかなり」とあります。「和」は意識して、また努力して「和(やわ)らかい」ものですが、「柔」は自然(じねん)に、つまりことさらに意識せずとも「自(おのず)から然りと柔らかい」ということです。嘉納師範は「相手が力を用いて攻撃し来る場合、我はこれに反抗せず、柔らかに相手の力に順応して動作し、これを利用して勝ちを制する」と「柔の理」を説いています。
 私は、「柔」とは「柔軟であり、さらには適応力があること」と理解しています。そのための前提は、何事に対しても反発しないで、先ずは全てを受け入れることにあります。それがさまざまな事例に対応する力を養うことになります。拒絶は体験の数を減らすこと、許容は多種多様の経験を履むことに繋がります。柔らかくあることで、臨機応変の対応が可能になるのです。
 乱取修行の中で、いくつかの気付きを得たことがあります。疲れ切り、力が入らないにもかかわらず、「スパッ」と技に入ることができたことがありました。相手に当たった感触がかすかにあるだけで、気が付くと相手を投げて、思い求めていた「音」がしていました。その時に、力を使うためには、一度力を抜いて、体勢を整えた後に次の動作に移るための準備を行う、ということに気が付きました。柔道の技術に共通する基本は「技は力の抜き方」にあるということです。
 足のさばき方についても同じです。例えば、大外刈。私は左技なので、軸足となる右足を自由に動かすために、先ずはしっかりと組んで、左足に重心を移動させます。その瞬間、左足で体を押し出せば、右足が前に進み、その力を受け止めることで、右足でバランス良く立つことができます。力を伝えるためには力を抜いて、重心移動を手順通り、正確に行うことが大切です。皆さんが、歩くときに自然に行っていることです。柔道だからと難しく考える必要はありません。
 また、自らの「重心移動」は、頭の位置で確認できます。つまり、相手の頭をコントロールすることができれば相手を崩せます。それを基にして、前後左右の移動、体さばきを考えて下さい。全ての動作は、次の動作を見据えて行わなければなりません。最初の一歩は、次の一歩を想定しながら踏み出さなければならないのです。
 これらは「剛(かた)い」すなわち融通の利かない体勢や動作でできるものではありません。すべてが「柔」であらねばならないものでした。
 次に「道」について考えてみたいと思います。道とはある目的地に向かって続いているもの。そこから派生して筋道、道理、さらにはそれらを守る主義、思想という意味合いを持ちます。従って、柔道とは「柔軟な適応力をもった道理・思想」ということになります。 道は前に進むためにあります。「柔の道」を歩むためには、固定観念を持たず、「何故、どうして」と自問自答し、無限の許容量の中で柔軟性を持って創造することが求められます。
 ただし、変えてはならないことがあります。柔道は、オリンピック競技の中で、唯一、その原点と哲理が明確なものです。
 師範が示された講道館柔道の4つの修行法は「形」「乱取」「講義」「問答」です。「形」と「講義」で原理、すなわちぶれてはならない不変の真理を学び、「乱取」と「問答」で柔軟な思考と対応法を練ります。俳聖松尾芭蕉が唱えた概念「不易流行」がここに見られると思います。「変わらない根本」と「状況に促した変化」、そしてそれらは「根本は一つ」だということです。
 柔道は、私が通ってきた道、皆さんが通ってきた道。そしてこれから進んで行く道。どのようにあるべきかを今、思い描いていただきたいと思います。そして、敢えて申し上げさせていただければ、先ずは今を懸命に生きてください。「柔」は今を力強く生きる術(すべ)であり、その術の連なりが「道」となっていくのです。
 先達が築かれ残してくださった柔道を後世に正しく伝え継ぐこと、それに私たちが、柔道家として矜恃をもって取り組まなければなりません。今年も、新たな歴史を積み重ねていくために「柔の道」を歩み、国内外に講道館柔道の精神とその本質を発信してゆきます。
 館員の皆様には、本年もご指導、ご支援、ご協力の程、よろしくお願いします。今年が皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

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