人生の振る舞いに柔道あり
小林幹生(山梨県柔道連盟会長)
はじめに
暮冬の時期もそろそろ終わりを告げ、紅梅が咲く季節になってきました。
私は令和7年度の山梨県柔道連盟定期総会において、会長に承認されまもなく1年が経とうとしています。会長として何とかここまでこられましたのは、関東柔道連合会の先生方はじめ、山梨柔道連盟の執行部並びに地元の先生方の温かいご協力の賜と深く感謝しております。
さて、私は連盟の運用にあたり、歴代会長の精神と業績を継承しながら、「継往開来」の精神で山梨県柔道連盟の発展に微力ながら献身していきたいと決意しております。その中で、業務推進のスローガンとして「融和団結」の精神を掲げました。連盟の運用はボランティアで運営されていますが、運営の中で互いの意見が異なることはよくあることで、そのことでいがみあい人間関係に亀裂が生じることほど馬鹿らしいことはないと常日頃から感じています。そこで、対話を基本に譲り合いの精神で「融和団結」としました。
次に、運営方針として以下の3つを掲げました。
⑴ 後継者の育成と人材の確保
後期高齢化社会の中で、後継者の育成は喫緊の課題であります。皆様もご存じのように山梨県の武将といえば「武田信玄」であります。信玄公は、「人は石垣、人は城、人は堀、情けは味方、仇は敵」との言葉を残しています。石垣は様々な大きさや形の違う物を上手く組み合わせて強固な城としていきます。
信玄公は人それぞれの性格や能力を見抜き適材適所の配置を考え、その人間の能力を最大限に発揮させながら更に、個人の能力の開発に取り組んでいたと考えられます。何れの時代においても、信玄公が残した言葉の真意は、「人材こそ宝!」と受け止めています。私は、この信玄公の言葉こそ、嘉納師範の残された「精力善用・自他共栄」のご精神に見事に合致していると思うのです。いかなる時代においても人材ほど宝はない。その人材を育成するのが柔道本来の目的であると確信しております。また、嘉納師範や信玄公等の先達の言葉を自己の支柱として難を乗り越えた先生方も多くいらっしゃると推測されます。
私は、東京都の出身で八王子の工学院高校を卒業し、大東文化大学を経て、昭和56年に山梨県警察官を拝命しました。警察官としての業務と柔道特練としての両立で何度か仕事を辞めようかと思いました。しかし、その度に高校時代の恩師大庭先生から「苦しいこと辛いことがあっても『なにくそ』ここで負けてたまるかと思って頑張るんだ!」との言葉を負けじ魂の精神として受け、何度も困難を乗り越えてきました。
大学では卒業時に恩師の武内先生から「泣く男と笑う女には気をつけろ」との言葉をいただきました。初めは意味が分かりませんでしたが、私が職質指導官として多くの被疑者を検挙するうちに、男は自分の責任を泣くことで誤魔化そうとし、女性は笑って誤魔化そうとすることが分かりました。その言葉のお陰で、テレビ番組の警察24時にも参加することができ、更に全国優秀警察官として警察庁長官から警察功労賞の表彰を受け、もったいなくも、天皇陛下より拝謁を賜ることができたのも恩師のお陰と今も感謝しております。
⑵ 柔道競技者の拡大と競技力向上について
柔道競技者の拡大は全国的な課題であります。本県でも幼稚園や学校等に出向いてポスター等を掲示していますが、なかなか目立った効果が無いのが現状です。2年前から東洋水産株式会社のご協力をいただき、オリンピックメダリストや世界選手権入賞者を招いた柔道教室を開催しており、地元の青少年たちに大きな刺徼となっています。本年3月にも同様の活動を予定しています。
こうした活動は、競技者や関係者には非常に参考になり、参加者自身の夢や希望に繋がっていく貴重な体験なので、柔道競技者の競技力向上に大きな期待をしています。しかし、問題は柔道を継続すること、未経験者をいかにして柔道の世界に踏み込んでもらうかです。そこが重要な問題で、残念ながら特効薬が見つからないのが現状だと考えます。
私は日頃から競技者拡大の一助として常々考えていることがあります。それは、柔道経験者は「常識的で、礼儀正しく社会において必要とされる人間として存在する以外に無い」と確信しておりますし、遠回りでもそれが一番の近道ではないかと考えています。端的に言えば「柔道をしている人は礼儀正しくていい人が多い」と地域住民や社会から認識される以外ないのです。
当県歴代会長で関東柔道連合会の会長を務めた2代前の中嶌先生は現職の警察官時代に駐在所勤務の傍ら、地元の青少年を集め道場を立ち上げ講道館杯出場選手や多くの国体選手を育て上げました。地域の住民から、「あのお巡りさんなら、子どもに柔道を習わせたい!」との声があがり多くの子どもたちが集まっていきました。奥様も得意な料理を惜しげも無く子どもたちに振る舞い、時には中嶌先生には、「米の水」(※)しかないようなときもあったようです。その後、道場の門下生は、地元の警察官や教員等として活躍しながら、当連盟の執行部として活動しています。こうした振る舞いに信頼の輪が広がり、地元柔道競技者の人口が増えていったという好事例として紹介したいと思います。
強化につきましては、まずは6年後の2032年に山梨県国民スポーツ大会を一つの目標に捉えて、強化部を中心に活動を展開したいと考えています。
⑶ 健全な財政の執行
健全な財政の執行は連盟の存続に関わると言っても過言ではありません。限られた少ない予算をいかに効率よく効果的に活用し、最大限の結果が得られるように運営していく所存です。
おわりに
嘉納師範の「精力善用・自他共栄」のご精神は、栃木県の鈴木会長が本誌で世界平和に繋がると寄稿しておりますが、私も同感であります。嘉納師範のお心を我が心、我が信念とするならば、絶対に戦争など起こるはずがないのです。ロシアの文豪トルストイが小説『戦争と平和』のなかで「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるものだ」と訴えています。
今こそ、嘉納師範の「精力善用・自他共栄」のご精神を一人でも多くの人に語りながら、柔道を通して微力ではありますが、世界平和に繋げていきたいと決意しております。
※日本酒のこと
(初出「柔道」2026年2月号)








