今月のことば

知勇兼備を求めて

 ―柔道に人生を組み立てた男と、その志を継ぐ者たち

須坂春樹(講道館柔道九段・講道館監査班審議会主査)

 本来、巻頭言とは、組織の指針や大局的な展望を示すべき公的な場であるのかもしれません。しかし私は、一人の柔道家が歩んできた道の中にこそ、私たちが立ち返るべき「精力善用」「自他共栄」の精神が、静かに、しかし確かに息づいているのを感じ、あえて個人の歩みに光を当てることといたしました。

 その人物とは、私が神奈川県柔道連盟会長を務めていた折、事務局長として私を支え、連盟運営の中核を担ってくれた伊藤吉治八段であります。

 彼は、天神真楊流柔術家であった祖父・吉蔵氏と、講道館柔道に生きた父・吉男氏を持ち、8歳の頃から柔道に親しんできました。もっとも、その稽古の場は近代的な道場ではなく、自宅の庭でした。農作物を天日干しするための筵を10枚、2枚重ねにして敷き、その上で祖父の講義と父の実技指導を受けたといいます。地面の硬さがそのまま伝わる環境の中で培われた精神と技術こそが、彼の「知勇兼備」の原点であったのでしょう。

 工業専門学校を卒業後、日産自動車に入社し、同社の柔道選手として頭角を現した彼は、昭和36年、北陸で開催された実業団の全国大会に出場する機会を得ます。この大会での活躍が、当時の神奈川県警察柔道主席師範であった加藤幸三先生の目に留まり、「警察で柔道をやってみる気は……」との誘いを受けました。これが、彼の人生における大きな転機となりました。

 昭和37年4月、神奈川県警察官を拝命して以降、警察官としての研鑽と、柔道選手としての厳しい修練に明け暮れる日々が始まります。柔道特別訓練員として極限の稽古に身を投じ、現役引退後は教官として、60歳の定年まで警察学校や各署での指導に尽力しました。まさに、寝ても覚めても柔道と共にある生活であったと言えましょう。

 その後、大和市から青少年健全育成への協力要請を受けたことを契機に、平成13年11月、自らの道場「善道館」を開設しました。ここから、彼の指導者としての第二の人生が本格的に始まります。

 さらに、神奈川県および関東柔道連合会で各種役員を務め、競技運営や組織活動にも長年携わってきました。

 彼の歩みを語るうえで欠かせないのが、神奈川県柔道連盟会長であった故・猪熊功先生との関係です。猪熊先生のご指導は、厳しさ一辺倒ではなく、「一張一弛」を大切にされたものでした。その緩急ある導きの中で、伊藤氏は大きく成長していったのではないかと感じております。

 その猪熊先生は、生前、伊藤氏に3つの約束を託されました。

 第一は、「自分の道場を持ち、子どもたちに自分の柔道観を伝えよ」というものでした。善道館開設の翌年、平成14年11月には、田村亮子選手がCM撮影のため来館しました。この幸運なご縁をきっかけに、翌日には10名もの小学生が一度に入門するなど、道場は急速に活気を帯びていきました。

 第二は、「小学生の全国大会を開催せよ」でした。「伊勢原から元気発進」を合言葉に、全国小学生学年別柔道大会の立ち上げに奔走します。会場の確保、警察署への仮設交番設置依頼、会場内外の警備体制整備、医療機関との連携、弁当の手配、パンフレット編集、印刷業者選定、広告協賛集めなど、準備項目は実に10項目に及びました。彼は会場近くの七沢温泉旅館の一室にこもり、これらを一つひとつ整理しながら計画を練り上げ、大会を成功へと導きました。2日間にわたる大会には、選手・保護者合せて約2000名が来場し、大きな成果を収めました。

 第三は、「マスメディアを活用し、柔道を広く発信せよ」という約束でした。NHK BS2の番組に30分間出演し、道場での稽古風景、紙芝居を用いた教育活動、さらには地域商店会連合会会長としての社会貢献活動が紹介されました。放映後には、高校柔道部顧問や一般の保護者から次々と問い合わせが寄せられ、「テレビの影響力は本当にすごい」と本人も驚くほどの反響を呼びました。

 彼は、その映像を収めたDVDを猪熊先生の墓前に供え、「先生、3つの約束をすべて果しました」と手を合わせたといいます。

 しかし、近年のコロナ禍は、善道館にも大きな試練をもたらしました。感染者発生をきっかけに、少年部の門下生が激減したのです。この危機に立ち上がったのが、青年部の門下生たちでした。6、7名の若手が中心となり、「善道館のみならず先生に師事した約230名を再び結集し、減った門下生のみならず、柔道修行者の拡大を目指そう」と呼びかけ、新組織「善友会」を結成しました。

 彼らは、伊藤氏の理念を受け継ぎ、柔道を社会に還元する活動を積極的に展開しています。小学校での転び方教室、中学生に向けた受身指導、高齢者施設での紙芝居、防犯・防火パトロールなど、地域に根ざした実践を重ねています。さらに、国会議事堂、警察本部、講道館資料室の見学や、発祥の地・永昌寺への参拝などを通じて、広い視野を備えた人材育成にも力を注いでいます。

 私と伊藤氏は、かつて警察柔道の畳の上で共に汗を流し、何かうまくいったときには決まって「柔道のお陰だな」と笑い合ってきた、かけがえのない同志です。

 そんな彼の「自分の人生を柔道で組み立てる」と言い切り、恩師との約束を貫き通してきた歩み、そしてその志を受け継ぐ若者たちの活動こそ、今の柔道界にとって大きな希望であると私は信じています。少子化という課題に直面する中にあっても、この灯火が全国の指導者の皆様の心に届き、次代へと受け継がれていくことを切に願い、結びといたします。

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