広島県柔道連盟と私の歩み
小茂田 博 文
令和6年広島県柔道連盟の評議員総会において、川口孝夫前会長の後任として会長を拝命しました小茂田博文です。本連盟は、1964年東京オリンピック金メダリストの中谷雄英氏、1972年ミュンヘンオリンピック金メダリストの川口孝夫氏ら歴代の会長が先頭に立って連盟の発展に大きく貢献されました。その後任としての重責は計り知れませんが、浅学菲才、微力ながら全力を尽くして取り組み、1年が経とうとしています。
私は、1979(昭和54)年に福岡大学卒業後、広島県の私立広陵学園高校で45年の教員生活を送り、多くの生徒と共に過ごして参りました。就職と同時に柔道部の顧問・監督を引き受け、部の強化に取り組みました。歴史と伝統ある部ではありましたが、中谷先生をはじめとする卒業生の支援を受け、就任から5年目に14年間出場から遠ざかっていた中国大会出場、さらに翌年はインターハイ出場を果し、卒業生と共に喜び合ったことが思い出されます。平成11年からは女子柔道部を設立し、強化をすることとなりました。平成28年、地元広島県呉市でのインターハイでは、男子個人戦、女子団体戦・個人戦で出場を果し、女子団体戦で創部初の3位に入賞しました。その他、インターハイ男子個人戦で3位入賞や、金鷲旗大会では女子が2度のベスト8入賞を果しました。また教え子の中には、カザフスタンの世界カデ大会に男女1名ずつが出場し、団体優勝と、個人戦で男子が2位、女子が3位に入賞しました。このような教え子たちの活躍を間近で見ることができ、大変頼もしく思っています。
本県連盟の強化の歴史
本連盟の強化は、中谷理事長、川口事務局長の体制で、1996(平成8)年の広島国体優勝を目指して5年計画を立てました。私は、少年男子のコーチとして指導を行いました。結果は、少年男子が1995年福島国体の優勝で弾みをつけ、翌年の広島国体でも優勝を果しました。その他の成年男子が準優勝、成年女子が3位、少年女子が4位となり、柔道競技での総合優勝を果しました。
現在も、様々な練習会を開催し、女子強化、少年強化等活発に活動しています。
柔道人口減少対策への取り組み
本連盟では、柔道人口を増やし、他の競技に負けない魅力あるものにすることで、他の競技に移る選手を足止めするための取り組みを行っています。その1つが、8月を除き毎月行っている月次試合です。目的は青少年健全育成及び、柔道レベルの底上げに加え、昇段に必要な勝ち点の取得です。近年では他県からの参加者も増え、山口県、島根県などの中国地区だけでなく、九州など遠方からの参加も目立ってきています。参加者は平均300名程度で、小学生の各学年の部、中学生の部、高校、大学を含めた一般の部で試合を行っています。また、試合終了後、小学生高学年は各道場から指導者が立ち合って約1時間の合同練習を行い、強化を図っています。
もう1つの取り組みは、親子柔道教室です。本連盟と広島市スポーツ振興課がタイアップし、広島市中区の全小学校に親子柔道教室のチラシを配布し、柔道経験のない親子等の参加を呼びかけています。5年間に亘る取り組みを継続した結果、参加者の約3割が本連盟に入門しています。しかし、残念なことに広島市内で柔道部のある公立中学校が3校と激減しました。本連盟では広島市教育委員会と協議し、少しでも柔道希望者の部活動継続を支援できる環境作りを、来年度からテストケースとして行うことが決定しています。
結び
本連盟は、これからも柔道人口減少という非常に厳しい現実に対する取り組みを第1に考えていく必要があります。先日の全日本柔道連盟の代表者会議で、柔道の発展、柔道の存続に対する考えが改めて確認できました。今後も知恵を絞って地方で抱える深刻な悩みを解決へ導きたいと考えています。
(広島県柔道連盟会長)









