今月のことば

嘉納思想を次代の力に
―「教育とスポーツの融合」が拓く人間教育のイノベーション

大橋節子(環太平洋大学学長

 このたび、伝統ある雑誌『柔道』の巻頭言を執筆する機会をいただき、厚くお礼申し上げます。柔道を愛し、その精神を尊ぶ皆様に、私どもの志をお伝えできることは望外の喜びでございます。

 環太平洋大学(IPU)は、2007年の開学以来「教育とスポーツの融合」を建学の理念に掲げ、この理念のもと、次代を支える身心共に健全で明るい教師、また国を支える公務員を数多く社会に送り出してまいりました。私たちが日々向き合う学生たちに説いているのは、単なる技術の習得ではなく、スポーツを通し、いかに豊かな人間性を育むかという一点に尽きます。この歩みの中で、私たちが常に指針として仰いできたのは、柔道の創始者であり「日本の体育の父」と称えられる嘉納治五郎先生の至高の精神です。

 本学の柔道、特に女子柔道部においては、忘れ得ぬ大きな存在がございます。「平成の三四郎」と謳われた故・古賀稔彦氏です。古賀氏を初代総監督として迎えた本学柔道部は、地方にありながらも、創部わずか4年目にして日本一の座を獲得するという快挙を成し遂げました。古賀氏が情熱を注ぎ込んだ「勝負の厳しさと礼節」を重んじる指導理念は、今もキャンパスの空気に溶け込んでいます。その遺志は、現在の矢野智彦監督や、初代柔道部の教え子で主将だった片桐夏海コーチへと脈々と引き継がれ、本学は世界で活躍する選手を輩出し、柔道界に確固たる足跡を記すことができるようになりました。

 その成果を象徴する、喜ばしい最新の報をお伝えさせてください。来る2026年9月の名古屋アジア競技大会には、現役学生である前田凛(競技スポーツ科学科3年)が70㎏級に選出され、卒業生の椋木美希(ブイ・テクノロジー)も78㎏超級および団体戦の代表として畳に上がります。さらに10月のバクー世界選手権においては、63㎏級の嘉重春樺(ブイ・テクノロジー)、70㎏級の田中志歩(JR東日本)という2人の卒業生に加え、現役の前田凛も団体戦メンバーに名を連ねました。

 このように、講道館杯5回優勝の梅木真美(ALSOK)をはじめとする歴代の先輩たちが築いた伝統の上に、現役学生と実業団で活躍する卒業生が共に日の丸を背負って戦う姿は、私どもの大きな誇りです。彼女たちが厳しいプロフェッショナルの世界や国際舞台で挑戦し続ける姿は、在学生にとって何よりの道標であり、本学の指導体制が「4年間の完結」ではなく、社会人としても輝き続ける「一生涯の成長」の基盤を築いていることの証左でもあります。

 また、本学は競技実績のみを追い求める場ではございません。地域に愛される部として、ジュニア育成を通じて幅広い年齢層の子どもたちに柔道を学ぶ大切さを伝えています。幼い子どもたちが道衣に身を包み、相手を思い遣る心を学んでいく姿こそ、嘉納先生が望まれた「教育としての柔道」の体現に他なりません。さらに、教育連携校の創志学園高校女子柔道部においても、優秀な生徒を鍛え、高校から大学までの「7年一貫育成」を実践しております。柔道のみならず、嘉納先生の精神を胸に、次代を担う若者たちが未来への扉を開くための礎を築くこと―それこそが私たちの使命であります。

 こうした歩みが、新たな結実を迎えます。2026年4月、創立20周年の節目に、嘉納家および講道館の多大なるご協力を賜り、真田久センター長を配し「嘉納治五郎記念スポーツイノベーションセンター」を開設いたしました。

 現代社会はAI技術の急速な進化によって、人間の「身体性」や「倫理的価値」が改めて問われています。直感、情緒、主体性、そして誠実な努力。嘉納先生が提唱された「精力善用」「自他共栄」の教えは、混迷する現代においてこそ、本質的な解決策を示唆してくださいます。このセンターでは、柔道の精神をあらゆる競技に応用・発展させる「スポーツ道」の構築を目指します。学生たちが自らの専門分野で、嘉納思想を基盤とした「道」を考え、創り出す。それは単なるスキルの向上ではなく、自律的な精神と高い倫理観を磨き上げる探求のプロセスです。

 本学第1キャンパスには、世界的建築家・安藤忠雄氏の設計による「トップガン」があり、その中には静謐な空気が漂う柔道場が設えられています。嘉納先生の精神と現代建築が響き合うこの場所へ、ぜひ皆様もお出かけください。

 嘉納先生は「士道の要」において、志を立てて善をなすことの大切さを説かれました。本センターから発信されるイノベーションとは、スポーツを通じた「人間性の価値創造」に他なりません。教育とスポーツの融合をさらなる高みへと引き上げ、嘉納先生の志を次世代へと繋ぐ架け橋となるべく、教職員一同、全力で取り組んでまいる所存です。

 柔道界の皆様におかれましても、今後とも温かいご指導とご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

初出:『柔道』2026年6月号

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