今月のことば

武士の「術」から庶民の「道」へ

木下 秀明(元日本大学教授)

 1930(昭和5)年生まれの私が経験した柔道らしき最初の実技は、日中戦争行き詰まりの1941(昭和16)年国民学校5年生の体錬科武道で、2年間白帯の襷がけで号令による打突の形の繰り返しであった。中学の「柔道」は、毎週1時間必修が2年次2学期途中の勤労動員迄。教師は東京高等師範学校(以下「高師」)生徒。後で一流の選手と知った。1年次は受身の反復練習のみ。高齢になっての転倒2回は打撲もなし。もっとも1回目は擦過傷多数で包帯だらけ、2回目は左手掌圧迫出血で2針。2年次になって、5人跳び越えの前転受身練習の合間に、ヤット立技の形のみ。1年で段位検定の現在とは異質の指導理念であった。
 専攻は体育史。「体育」は、身体のための教育である体操に始まり、身体を通しての教育に転じて競技的運動に広がり、運動と同義の「体育」の時代から「スポーツ」の隠れ蓑的代名詞となり、「スポーツ」が大手を振る現在は使われなくなりつつある。
 その過程で避けられない各論の一つが、「術」から「道」への歴史である。江戸時代の武士の「武術」から、戦争の時代でもある近代の教育「武道」が誕生したからである。
 その転換を決定づけたのは、1904-05(明治37-38)年日露戦争後の日本刀神話の時流に乗った国会請願を契機とする、中等学校体操科の「撃剣」「柔術」採用許容であった。
 これを契機に、東の高師と西の大日本武徳会(以下「武徳会」)との主導権争いが始まる。
 準備を整えたのは、嘉納治五郎校長(1901-1920)の下で教員養成の総本山を自負する高師であった。1908(明治41)年、東の第一人者小野派一刀流高野佐三郎を任用、1911(明治44)年教員養成の文部省撃剣柔術講習会で、「体育理論」担当の永井道明は技術主義の「撃剣」を否定して精神重視の「剣道」を提唱、教授法担当の高野は学級一斉指導法を教授した。その上で、高師は武徳会に「武徳流剣術形」に替わる高師独自の形の採用を迫った。その結末が、武徳会は名を、高師が実を取った1912(大正元)年の武徳会「大日本帝国剣道形」制定であった。
 さらに高師は、1914(大正3)年「体操」「剣道」「柔道」の三専攻からなる特設体育科を開設して、高師中心の教員養成体制を確立する。以後教科は「道」一色になって今日に至る。
 もちろん、「術」から「道」への歴史が始まる前には、「術」のままの近代化の動きも見られた。1881(明治14)年に「体操」は小学校教科とされたが、体操を指導できる教師は皆無に等しく、撃剣柔術の師範を採用して穴埋めする案が提唱された。しかし、西洋をモデルとする近代が認める筈はなかった。文部省依頼の体操伝習所1883-4(明治16-17)年調査は、剣術と柔術の師範の演技を実見の後、体操担当者充足まで師範の代用やむなしと結論した。
 「術」から「道」へを最初に手がけた人物は、1881年東京大学卒業後、翌1882年下谷永昌寺に開設した道場を「講道館」と命名した嘉納治五郎とされる。これは1884年作成の講道館入門帖に基づく。
 しかし、嘉納が起倒流柔術免許皆伝の認可を受けたのは1883年であり、山田(富田)常次郎宛1885年書簡には「起倒流嘉納治五郎」とある。また、この1885年に学習院監事兼教授となったが、学習院の選択課目は「柔術」であった。
 1888(明治21)年、嘉納は、学習院院長事務取扱就任と同時に、師範抜きでの稽古不可という規則の「柔道」を採用した。過度の技術主義化を危惧したのであろう。講道館での「柔道講義」もこの年である。したがって、「柔道」の始まりは、この1888年が最初と考える。ところが、この1888年には、「柔術及其起源」の中で、「柔道」は「柔術」の一種と述べる(日本文学)。1888年は、「柔術」から「柔道」への過渡期だったのである。
 翌1889年、嘉納は、大日本教育会で、演技を交えて「柔道一斑並に其教育上の価値」を講演、柔道の目的を三育主義の「体育」と道徳教育を意味する「修心」とした。「講道館」と「柔道」に用いた「道」は、嘉納の精神教育でもある道徳教育重視の表象であろう。
 技法は同じでも、前近代の「柔術」は武術であり、近代の「柔道」は人間形成の教育であること、同一技法でも目的が違うことを、新たに考えた名称で示したのであろう。前近代の生死を懸けた武術には神仏を連想させる流派名が多い。神仏の加護を祈るのは、他力本願である。近代の教育は、学習者自身の勉学を必須とする。自力本願である。
 話は変わるが、嘉納が「精力善用自他共栄」を掲げた1922(大正11)年は、「講道館文化会」設立の年でもある。競技化する柔道への警鐘ではなかろうか。しかし、文化会の事業は出版だけ。「文化会」と称した理由を知りたい。  

初出:『柔道』2026年7月号

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