60年を振り返って
三上 和廣(講道館柔道九段・スイス柔道連盟アンバサダー)
私がスイスで柔道の道を歩み始めてから、すでに60年余りの歳月が流れました。その長い年月の中で、私はスイスという異国の地に根を下ろし、日本柔道の精神と技術を伝えることに生涯を捧げてまいりました。このたび、講道館の機関誌にご寄稿の機会をいただきましたことを、誠に光栄に存じます。海外から見た日本柔道の姿、講道館の役割、そして国際柔道における日本柔道の在り方について、私のささやかな経験と思いをお伝えできれば幸いに存じます。
私はかつて、教員となり高校生に柔道を指導することを夢見て、修行に励んでおりました。しかし、その前に海外へ指導に赴き、広く世界を知りたいという強い思いも胸の中に抱いておりました。
ある日、嘉納履正講道館長とお逢いする機会に恵まれました。館長は私にこうおっしゃいました。「三上君、外国に行きたいとのことだが、行く時は先生として行くのだから、まず形の修行をしっかりとしなさい」。その言葉は、私の心に深く刻まれました。館長のご指示に従い、昭和39(1964)年と昭和40(1965)年の夏期講習会に参加し、形の修行を着実に積み重ね、ついにその課程を修了しました。
形とは、単なる技の型ではございません。それは柔道の哲学、歴史、そして精神そのものを体現したものであります。講道館での形の修行を命じられたのは、海外において日本柔道の真髄を正しく伝えるためには、技術だけでなく、その根底にある精神と文化を深く理解していなければならない、という深いご配慮からであったと今にして思います。この教えは、私がスイスで指導者として歩む上での揺るぎない礎となりました。
スイスへの赴任と安部一郎先生との出会い
昭和41(1966)年1月29日、私はスイス・ローザンヌ市に柔道の指導員として赴任いたしました。異国の地に降り立ったその日の緊張と期待は、今もなお鮮明に記憶に残っております。言葉も文化も異なる土地で、日本柔道の精神をいかに伝えるかが私に課された使命でありました。
赴任後まもなく、私は安部一郎先生がデンマーク、スウェーデン、フィンランドにおいて夏期講習会を指導されるとの知らせを受け、その指導員として同行する機会をいただきました。安部先生は当時、ヨーロッパにおける日本柔道普及の最前線に立たれる、まさに国際柔道界の重鎮でいらっしゃいました。
しかし、講習会の初日、安部先生は足を怪我されてしまいました。その突然の事態によって、私が代わりに指導を担うこととなりました。不安と責任の重さを感じながらも、館長のご指示のもとに、これまでの稽古で培ってきたすべてを注ぎ込み、全力で指導に当たりました。
そして最終日、安部先生は私にこうおっしゃってくださいました。「三上君、よくやった。ありがとう」。その言葉は、私にとって何物にも代えがたい宝となりました。先生への深い感謝と光栄の念を覚えると同時に、指導者としての自信が初めて私の中に芽生えた、忘れることのできない瞬間でございました。
世界選手権大会の思い出
スイス・ローザンヌ市で開催された世界選手権大会も、私の心に深く刻まれた思い出の一つであります。この大会には館長もご臨席され、日本チームは全階級において優勝という輝かしい成績を収めました。
試合を間近で観戦しながら、私が感銘を受けたのは、単に個々の選手の強さだけではありませんでした。日本チームが見せた見事なチームワーク、選手たちの間に流れる連帯感と信頼、そして勝利の瞬間においても失われることのない礼節と謙虚さがみられ、それこそが日本柔道の真の強さであると深く実感いたしました。
柔道は勝敗を競う競技である以前に、人間としての在り方を問う武道であります。その精神が、世界の舞台においても揺るぎなく体現されていたことに、私は日本人として、そして柔道家として、深い誇りを感じました。
パリでの指導員講習会と国際交流
その後、パリにおいて指導員のための講習会が開催されました。講道館からは安部一郎先生が参加され、ヨーロッパ各国から集まった指導者たちと共に、充実した研鑽の日々を過ごしました。この講習会は、技術的な向上はもとより、各国の柔道家たちが互いの文化と考え方を尊重しながら、柔道の普及と発展について真剣に語る、誠に素晴らしい場でありました。
このような国際的な指導者交流の場は、海外における日本柔道の普及において計り知れない価値を持っておりました。技術の伝達だけでなく、柔道の哲学と精神を共有し、各国の指導者が同じ方向を向いて歩んでいくための、大切な絆を育む機会でありました。しかし残念ながら、現在ではこのような形での定期的な国際指導者講習会が行われていないと聞き及んでおります。その点を、私は大変残念に思っております。
海外から見た日本柔道の姿
60年近くに亘ってスイスで柔道の指導に携わってきた私の目には、国際柔道の変化がはっきりと映ってまいりました。競技としての柔道は目覚ましい発展を遂げ、世界中で愛されるスポーツとなりました。オリンピック競技としての地位を確立し、参加国も年々増え続けております。これは誠に喜ばしいことであります。
しかしその一方で、嘉納治五郎師範が講道館を創設された当初の精神、すなわち「精力善用」「自他共栄」という柔道の根本理念が、競技の場においては見えにくくなってきているのではないかと感じることもございます。勝利至上主義が広まる中で、柔道の本質的な部分でもある礼節、そして相手への敬意がともすれば後景に退いてしまう傾向があるように見受けられます。
海外の柔道家たちが日本柔道に求めているものは、単なる勝つための技術ではございません。彼らは日本柔道の中に、人生の指針となる哲学と、人間形成のための道を見出しているのです。「柔道は道である」という言葉の重みを、私は海外での長い指導経験を通じて、改めて深く認識いたしました。
このような状況において、講道館が果すべき役割は益々重要になっていると、私は確信しております。講道館は単なる柔道の総本山であるだけでなく、嘉納師範の精神と理念を世界に発信し続ける、柔道文化の守護者であります。
特に形の伝承と普及については、講道館が中心となって積極的に取り組んでいただきたいと切に願っております。形は日本柔道の精神的・技術的な遺産の結晶であります。かつて館長が私に「形の修行をしなさい」とおっしゃったように、形を深く理解することなしに、真の柔道の指導者とはなれないと私は信じております。
今後、日本人の指導者がヨーロッパをはじめとする海外に赴く場合には、段位や称号だけでなく、形を深く理解し、それを正しく指導できる能力を備えた方々であることを、私は心から望んでおります。形を通じてこそ、柔道の哲学と精神が正確に次世代へと伝えられるのであります。
また、かつてパリで行われたような国際指導者講習会を復活させ、世界各国の柔道指導者が定期的に集まり、技術と精神の両面から研鑽を積む場を設けることも、講道館に期待したいことの一つであります。このような交流の場があってこそ、日本柔道の本質が世界に正しく根付いていくものと確信しております。
スイス柔道と私の歩み
スイスに赴任してから今日に至るまで、私はこの国の柔道の発展と共に歩んでまいりました。スイス柔道連盟のアンバサダーとして、また一人の柔道家として、日本柔道の精神をスイスの地に根付かせるために、微力ながら尽力してまいりました。
その活動が認められ、日本国外務大臣賞、そして旭日単光章を拝受いたしましたことは、私個人の栄誉であると共に、スイスにおける日本柔道普及の歴史に対して与えられた評価であると受け止めております。この栄誉は、私一人のものではなく、共に柔道の道を歩んできたスイスの総ての柔道家たちと分かち合うものであります。
スイスの柔道家たちは、柔道を真剣に、そして純粋に愛しております。彼らの目には、柔道は単なるスポーツではなく、人生を豊かにする道として映っています。そのような姿を間近で見続けてきた私には、日本柔道が世界に与えている影響の深さと広さを、肌で感じることができました。海外で長年に亘って柔道の指導に携わってきた者として、私が最後に申し上げたいことは、日本柔道の強さとは卓越した技術だけにあるのではないということです。礼に始まり礼に終わる精神、相手を尊重し共に高め合う姿勢、そして柔道を通じて人間として成長しようとする真摯な態度、これこそが世界中の柔道家が日本柔道に憧れ、尊敬する理由であります。
講道館が嘉納師範の精神を守り続け、その光を世界に向けて発信し続けてくださることを、海外の一指導者として、心よりお願い申し上げます。そして、世界中の柔道家が、形を通じて、礼節を通じて、そして稽古を通じて、真の柔道の道を歩み続けられることを、切に祈念いたしております。
初出:『柔道』2026年8月号









