今月のことば

東京都柔道連盟 会長に就任して

岩渕 公一(東京都柔道連盟会長)

はじめに

 令和8年6月7日に開催された公益財団法人東京都柔道連盟 第2回理事会において、会長に就任いたしました。当連盟は、東京都における柔道競技を統括し、柔道の普及・振興を図るとともに、都民の健全な発達に寄与することを目的とした公益法人です。

柔道との出会い

 私の故郷は岩手県南部の藤沢町で、柔道を始めたのは中学1年生の時でした。人より少し腕力が強く、遊びの相撲でもあまり負けたことがなかったことから、柔道部に入部しました。地区大会では何とか勝つことができましたが、県大会ではいつも二・三回戦で敗退でした。高校は地元の藤沢高校(現在は廃校)に進学しましたが、高校時代も県大会では優勝者の壁を超えることができませんでした。

 昭和49年、国士舘大学体育学部に入学しました。ここで私の柔道観は大きく変わりました。当時の国士舘大学には全日本学生選手権優勝者も在籍していましたが、団体戦では全日本学生柔道優勝大会ベスト8が最高成績でした。しかし、岩手県でベスト8程度の実力しかなかった私にとっては、部員全員が強豪選手に見え、4年生の先輩方は監督なのかコーチなのか見分けがつかないほどでした。

 110名ほどいた部員の中で、私の実力は100番目程度だったと思います。練習では有力選手が元立ちとなり乱取を行いますが、私は「ファイトです!」と声を出して選手たちを鼓舞する役割でした。たまに選手へ稽古をお願いしにいくと、監督から「下がれ!」と声をかけられることもありました。

 このままでは通用しないと考え、2年生から毎日居残り練習を続けました。

 秋の大会前には、全員参加の校内選考試合がありました。その試合で私は最終選考6名まで勝ち残ることができました。その時、監督であった小山泰文先生(後の東京都柔道連盟副会長)から初めて名前を呼ばれ、「岩渕、お前はこのまま努力を続ければ、団体戦の選手になれるかもしれない」と言われました。

 自分を見ていてくださったこと、必要とされていたこと、そして認められたこと、その一言が私の柔道への向き合い方、さらには人生そのものを大きく変える契機となりました。後に指導者として全国優勝を果すことができたのも、この経験があったからこそだと思っています。

東京都柔道連盟の役割と今後の取り組み

 東京都柔道連盟は、全国最大の柔道人口を抱える組織です。その強みを生かし、全日本柔道連盟や講道館との情報共有、相互連携をさらに推進して参ります。

 人口減少時代にあっても、柔道の魅力を広く発信できる組織として発展していくために、加盟団体の運営を基盤としながら、理事・評議員の知恵を結集し、組織運営に取り組んで参ります。

 柔道の魅力は決して一つではありません。競技力を高め、チャンピオンを目指す人、礼法を通じて人格形成を目指す人、技術の理合いを学び「形」の向上を目指す人、受身や身のこなしなど基礎技能の習得を目指す人など、それぞれが異なる目標を持って柔道に取り組んでいます。しかし現実には、競技成績のみが重視され、試合の代表選手に選ばれなかったことで興味を失い、柔道から離れてしまう子どもたちもいます。私は、このような子どもたちにも柔道の楽しさや価値を感じてもらえるよう、多様な学習機会を提供できる連盟運営を目指したいと考えています。

 そのため、特色ある育成プログラムで成果を上げている道場やクラブを積極的に訪問し、その取り組みを調査・整理して、東京都柔道連盟全体の組織力向上につながる形で情報共有を進めて参ります。

 また、全日本柔道連盟が重要施策として推進している、未就学児童のけが予防に役立つ「柔道の身のこなし」プログラムの体系化、高齢者の転倒・けが予防に資する柔道技能の応用研究、柔道を生涯にわたって学び続ける環境を整備し、昇段を目指す愛好者を増やす取り組みについても、積極的に協力したいと考えています。

 東京都には警察・実業団・大学・高等学校・中学校など、多くの競技団体が存在し、全国トップレベルの実績を残しています。そこから世界へ羽ばたく選手も数多く輩出されています。一方で、仕事の合間に稽古を重ね、昇段や高段者大会への出場を目標に柔道を続けている方々も多くいます。柔道は競技者だけのものではなく、生涯にわたり学び続けることのできる道でもあるのです。

柔道の目的と嘉納治五郎師範の教え

 柔道の目的は人間形成にあります。単に競技力を向上させたり、技術を習得したりすることだけではなく、全人教育の一環として行われるべきものです。かつて競技では目立たなかった人が、その後さまざまな分野で活躍し、社会に貢献している例は数多くあります。「人の意見に耳を傾け、困っている人には手を差し伸べ、社会のために力を尽くす」そのような人間を育てることこそ、柔道の大切な使命です。

 嘉納治五郎師範は、柔道を全人教育であり人間完成の道であると説き、「心身の力を最も有効に使用する道」、すなわち「精力善用・自他共栄」の理念を示されました。私たち柔道に携わる者は、この教えを常に心に刻み、柔道の発展と社会への貢献のために尽力しなければならないと考えます。

初出:『柔道』2026年9月号

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